料理食べ放題に行く

今夜は87歳の母と家内に母の日の名目で
 家族でしゃぶしゃぶと料理の食べ放題に行ってきました。
いつも小食な母が今夜は珍しく食が進み
美味しいと言いながら結構食べておりました ( ^)o(^ )

連休も過ぎ、お店は空いておりましたので良かったデス。
料理の注文もタブレット端末で注文するシステムが導入されていて
注文も省力化さされておりました。

連休で気も緩み、毎日ビールを味わっていたので
明日からはちょっとビールを控えねばなりません (@_@;)
まー・・ともかくビールが美味しい季節となりましたね \(^o^)/

結婚記念日

hana0404a

hana0404b

4月4日は33年の結婚記念日です。
さて、今日は特別な事はしていませんがお昼にケーキを食べ
夕食はお互い大好きな「お好み焼き」でした。
そしてビールで家内と乾杯し、いつもよりビールを多く飲めました。 ( ^)o(^ )
家内とのスタートの過去の投稿記事はこちらです。

京都の夏

 京都の夏は 暑いですね~ぇ! が ごあいさつです・・
しかも、危険な暑さです (@_@;)

昨日は、仕事から帰ると皆が暑さで ぐったり・・
よーし、皆ででも食べに行こう・・と 一瞬かんがえたけど
それは、無理やから~
家族で中華を食べに行きました。 (@_@;)

中華を家族で食べるのは久しぶりやね~
 で・・とりあえず
餃子 唐揚げ 焼き飯 天津飯 焼きそば 酢豚 野菜炒め
春巻き ごま団子 そして ビール を
家族4人で美味しくいただきました ( ^)o(^ )

子供達も 少し小食になったと実感・・
子供達って 27歳 と 24歳 です(^-^)
 

息子カレー

何を思ったのか、息子がカレーを制作。
食べるだけではなく、自分でつくる感性は大事だと思います。
味も大事ですが作る人の苦労や感性がわかると思うので
大いに賛成です。
出来映えはどうだったのかな?
量が少なかったので私は食べておりませんが
見た感じでは上出来だったと思います。

私が最初にカレーを作ったのは確か高校生の頃でした。
夏休みで、暇だったのでカレーを作ったような気がします。
出来映えは、母が作るカレーとはほど遠く
以後、大人になるまで、カレーは作りませんでした。

近江八幡ドライブ

雨の降る火曜日、娘の運転で近江八幡に行きました。
以前から、娘と二人で琵琶湖に行こうと
約束をしていたが、生憎の雨降り。

家を出て高速道路に入るとすぐに渋滞・・
次のインターで下りて、国道をのんびり走り、大津に到着。

琵琶湖の湖岸道路を走りながら
雨の琵琶湖も良いもんだ~
湖岸のパーキングで休憩
しかし、止まっている車は殆ど釣り人のもので
雨の中バス釣りを楽しんでいるようだね・・

本当は彦根城に向かう予定でしたが
近江八幡でお昼を過ぎたので
今回はここで昼食。
娘のおごりで「極上近江牛すきやき定食」をいただく
やっぱり、近江牛を食べないと・・ね!
ちょっと味は濃い味だったけど・・ね!

食後は街を散策
何やら時代劇でお馴染みの風景ですが
落ち着いた雰囲気は、やはり良いもんです。
記念に写真を撮ったり、ぼんやり眺めたり
雨の街並みを堪能しました。

雨の近江八幡の静かな街の風景、誰もいない・・

 

3月3日徒然・・

 今日は早、3月3日
雛祭りで祝いそうだが・・我が家では 息子の誕生日
今日で二十歳になりました (^。^) オメデトウ
朝 ケーキはいらんから 美味しい牛スジカレーが食べたい
との要望なので
ひな祭りの雰囲気は微塵もなく、牛スジカレーで二十歳のお祝いだ・・
生まれた時を思い出す
昼頃、産声をあげたが肌寒く小雨が降っていた
今日の京都の空模様と同じ天気・・だったな・・

自分のルーツを知る

 今回、初めて自分のルーツを知ったような気がします。
手続きの件で父の生まれ故郷から父の戸籍謄本を送って頂いた。
そして、父が生まれた時から・・今までの足跡を
文字として・・私に継承されたのだと感じる事が出来た。
今までは機械的な文字の戸籍謄本でしたが
昔の戸籍謄本は全て・・当たり前だけど ”手書きの戸籍謄本”
何だか、そこに・・人生が集約されているのだと
書面に、重い何かを感じられました。
私が生まれ、出生場所として、生まれた家の住所が書かれてあり
・・ああぁ 私がここから人生をスタートしたんだな・・
自分のルーツは、ここから始まったんだな・・
・・等、と妙に嬉しくなる。
そこで、今は便利です!
グーグルで住所を入力 エイッとエンターキーを押と
その私が生まれた家は表示される。
私が生まれた頃の家の様子では無いだろうが
そこに、今でも家が存在しているのが嬉しい。
家の前は京都大学、振りかえると吉田山
そんな環境のまま・・成長できていれば
私も少しは・・違う人生を歩んだ・・かも??
 話はそれますが・・
グーグル地図のストリートビュー
その・・撮影にはどんな機材を使っているのか気になったので
調べてみると
どうやら・・日本ではプリウス車の屋根から1m程のパイプの先に
赤い色のドームがあり
その中の多方位が撮影出来るカメラで記録しているらしい・・
そんな自動車が走行していると目立つでしょうね・・

日記

 そーと・・父の日記帳を開く・・ オヤジごめんね!
以前は毎日、丁寧な文字で日記をつけていた父
最近は認知症も進んだので
 めったに日記を書いている姿を見かけなくなった。
現在は以前と異なり、絵本帳のような可愛い日記帳
 そーと・・開いてみた
文字も不揃い 日付もあったり、なかったりでページも飛んで
 日常の出来事が、気ままに書かれている
日記帳のなかでは、母や私、家内も名前で書かれていた
 普段は”お父さん” ”お母さん”と我々夫婦を呼び、母を”家内”と呼んでいたが
ちゃんと日記には名前で書かれているのを見て・・泪が溢れる。
もう少し・・優しく出来たのでわ・・
何か・・もっと 出来たのでわ・・
父の書棚を整理していたら・・電気カミソリが 5セットも出てきた
それも・・比較的に最新型がね・・
全て同じメーカー(Pana・・・・・)
私と息子で大事に使います・・ね!
皆が父を表します
 「いつもお洒落で文字が綺麗な父と・・」
6月に体調を崩し、入院治療しておりましたが、先週逝きました。
あと1ヶ月で85歳になる父でしたが
天国で、父の兄弟と久し振りに顔を合わせ
昔話に花を咲かせている事でしょう!

強い態度で接した昨夜

痴呆症状への対応の基本として
非難しない 強制しない 制止しない という態度で
出来るだけ接して来ましたが、昨夜は私が強行姿勢に反撃する。
5月に入ってからは、夜10時頃から夜中の3時頃まで
 用事をしようと布団をたたんで起きる。
母は布団で寝ようとするが、用事を手伝わないで寝ている母を
 怠け者だと怒って、布団をはぐ。
トイレや食事の世話を優しく接しているつもりの毎日ですが
最近、あまりにもワガママな日常なので
皆が疲れ切ってしまっている。
昨夜は私が強行姿勢に出たため父も興奮して
暴れ回ったので・・私も言葉で反撃した。
今までの不満を夜中に大声で父に言い返した・・
認知症のせいだと父の行動を家族は全て見守っていたが
 許す限界が来たのかも知れない。
そんな家族を心配して昨日はケアマネージャーさんも様子を見に来てくれ
自宅介護の限界かもしれないと感じてくださったかも知れない。
認知症の症状が懸念されて8年
脳梗塞を発症し入院、自宅治療を3年
介護認定を受けて3年
通所介護を初めてから2年6ヶ月
認知症対応型通所介護に通い6ヶ月
7月で85歳の父
そんな我が家の現状です。

老人は元気に活動して欲しい

 今日は父の”物忘れ外来”の診察日
毎月診察を受けているが”皆さん少し落ち着いてきましたね”と
 担当の医師に笑顔で言われる・・
そうかな? 先月より少し楽?に過ごせたのかも知れません・・
父も嫌がって行こうとしなかったデイサービス
それが
嫌々、最初は週に1回通い
少し慣れた頃週2回行くことが出来
今年から、何とか週3回でも休まず通う事が出来て
結構・・調子もそこそこで楽しんでいる様子なので
最近は週4回デイサービスに通っております。
デイサービスでは習字や絵を描いたり
音楽を聴いたり、体を動かしたりと
結構忙しく過ごしているらしい・・・
何だか・・学校に通っている感じなのかも知れない。
デイサービスから帰ってくると
お腹も空くのか、美味しそうに夕食も食べ
夜も以前より寝る時間が増えた。
そういえば・・以前、何かの本で読んだのを思い出した。
それは、65歳を過ぎた人は希望があれば義務教育としたらどうか?
そんな話題でした。
少子化なので学校が活用できる
先生が必要なので雇用も出来る
学校の行き帰りのついでに買い物もするから景気の活性化にもなる
勉強して頭も使うので痴呆の予防にも良い
新しい出会いも出来たら、人生もまだまだ楽しいだろう。
考えたら、良いアイデアかも知れないネ・・
85歳の父を見ていたら、もう一度学校に入学して
今までやれなかった勉強を楽しくするのは良いように思う。
是非・・モデル校が出来る事を切に願います。

朝7時・・ 水 ミズ みず と大騒ぎ・・

 そうです・・今朝の7時過ぎ 我が家の静かな一時が
 いきなり・・娘の 叫び声 「ひやー・・ お父さん 水が吹き出して止まらへん!」
 声のする台所へ慌てて行くと 蛇口から、勢いよく吹き出す水道水で
 台所のシンクは水で溢れている。
 蛇口を閉めようとしても・・空回りで クルクル軽く回転するだけです。
 慌てて、外の水道の元栓を止め、家の水浸しは回避出来た
しかし・・朝の7時 食事にトイレに洗顔と皆が水を出せと、のたまわる・・
 とりあえず、蛇口の栓を誰か押さえれば、水は小さく出るぐらいになったので
トイレ、洗顔と順番に済ませ、私はその度に玄関を出たり入ったりと
元栓に走る・・
水のトラブル専門店に電話する
すぐに行きますが 9~10時ぐらいにはなります・・との事
とにかく・・早くお願いします・・と懇願・・
水の有りがたさが身にしみる
そういえば、最近、蛇口が固かった
連休中に蛇口を交換しようと、話していた矢先のトラブル
逆に早朝で私が居て・・良かった・・のかも知れないネ!
昼頃に家内から電話
1時ぐらいに修理は終わったとの連絡
蛇口の交換はすぐに終わったが
ついでにシンクのホース交換や
排水パイプの詰まりが有って・・掃除作業もお願いしたので
ちょっと時間が掛かったようだ。
夏に向かうので、詰まり気味だった流しの排水パイプも
綺麗になったようです・・ヤレヤレ・・
そういえば、暖かくなり排水口の臭いが気になっていた。
 教訓
水回りの不調は・・後回しにしてはいけない
蛇口の不調は・・後回しにしてはいけない
一瞬・・ホームセンターで蛇口を購入して自分で・・
などと考えたが、電気には詳しいが水に詳しくないので
家内の専門家への電話は言い判断だ!
排水パイプの掃除は苦手な私・・・

1982年から27年

 4月4日は結婚記念日
1982年4月4日に結婚し、あれから27回目の結婚記念日
 今回は、特に何も行わず、子供からの「オメデトウ」の言葉で十分です。
今年は子供も4月から生活が大きく変わり、我が家も新たな1年がスタートした気分
 友人からの連絡も 「孫が出来、お爺さんになりました」の一報が
届くようになりました。
・・ふーむ 孫と散歩している義兄の笑顔を見ていると
 爺さんも悪くないなー・・と思いますが
その前に嫁ぐ娘の父を経験するのが、ちょっと憂鬱だな・・
 精神年齢=中学生 肉体年齢=メタボ長老クラス
 あと2週間ほどで56才になる私です (^^ゞ
  

入学式に出席

  先日、家内と私は息子の大学を初めて訪問したのです。
何しろ、人が多くてビックリ
最寄り駅から大型バスがピストン運行していましたが
5分ぐらいで大学まで行けると思っていたところ
バスに乗るまで45分ほど行列し大学到着時は
もうすでに入学式は始まっていた。
式場の体育館には入りきれないので
テレビモニター教室が多数用意されており
そちらで保護者は入学式の参加となりました。
入学式後の懇談会に出席
学部教授方の挨拶を受ける
2時間近く、学校の教育方針や教授方の説明を聞く。
懇談会も終わり、キャンパス内を探検
クラブ活動の勧誘している学生諸君の姿や雰囲気を感じ
 息子がこの大学を選んだ事は”正しい選択”だと私は直感出来た。
きっと息子の”何か”を後押し出来るだろう
そして息子は進むべき”何か”を見いだせるだろうと感じられた。
娘の大学の落ち着いた入学式の雰囲気とは違い、今回は騒々しくエネルギッシュで
混沌とした大学の雰囲気だけど
何か・・前向きな清々しさを感じられたので息子の決断も良いのだと思う。
入学式も終え息子と3人で久し振りに梅田に出た
さて、お腹も空いたし何を食べよう・・・
家内が珍しく、KYKの豚カツを食べたいと言う・・
息子が、それって・・テレビで宣伝している・・あの KYK??と聞くので
大阪育ちの家内は”そうやで おいしいねんで”と答えたのが、妙に私は嬉しくなった。
私もドージマの KYK を大阪時代によく食べた
今回は三番街のお店で息子は初 KYK となりました。
みそ汁とご飯もお代わりして、3人はお腹いっぱいで京都行き阪急電車に乗りました・・とさ・・

娘の卒業式

 3月19日は娘の大学卒業式でした。
その日は早朝から娘が着付けに行くので、私は運転手です
天気も、そこそこ良いので一安心
最近は着物に袴姿が主流だそうで
当日も何人か運転中に見かけたので
多くの学校で卒業式だったのでしょう・・
今度は夕方5時に謝恩会に出席するので
自宅でパーティ用に着替えた娘をホテルまで送りました。
助手席に座る普段着でない娘
何だか大人びて来た感じ・・
22才なので当然なのでしょうが
少しだけ・・嬉しいような、寂しいような  微妙・・
ホテルの前で降りて歩く姿を
バックミラーで眺めながら後ろ姿を見守ります。
もう・・”子供”だとの認識を・・変えないとね・・
しかし、何となく気になり信号待ちの時に車から娘に電話する
  娘は明るい声で ”会場で友達と会って話をしているところ・・だよ!”
  ”もうすぐ謝恩会が始まるねん”
いつもの娘の声を聞いて、何だか凄く嬉しい気持ちで帰路についた。
3月下旬から東京で入社式と研修が始まるので
これから体力、気力が要求されるだろうが
体調に留意して楽しく過ごして欲しいと願います。
 気が強く、やんちゃな娘も成長すると・・それなりに大人びてくるもんだな・・

まとめてお祝い

 先日、レストランでお祝いの食事会でした。
息子のご指名でファミリーレストラン 「ガ◯ト」にて、お祝いの食事会
今回は、いろいろまとめてのお祝いです。
息子は3月3日誕生日で、この春大学進学
娘は2月26日誕生日で、大学卒業と就職祝い
物いりなのでファミレスなら、何とか低予算で食べられそうなので
今回は・・何でも食べて良いと・・太っ腹の私・・(実際腹は大きい)
ビールが飲みたいので私ら夫婦は電車で行くが
娘は最近購入したバイクで参加。
何しろ不慣れなので到着するか気がかりでしたが
時間通りに迷わず到着・・少しライダーの自信がついたようです。
息子もスーパーでアルバイトを頑張っているし
子供達も少しずつ成長している事を実感する。
 先日の白洲次郎・正子のドラマで正しいという漢字は
 ”一つの所にながく止まると書く”
そんな事を語る場面が印象的だったが
何か信じる事を、そして正しいと感じる事を
一生懸命諦めずにやり通して欲しいと願います。
自分の頭で考えて決断し、未来の為にやり通してください・・ネ!
我々は応援の努力は惜しみませんから・・

ひょっこり・・発見・・ヤレヤレ

先日の出来事
仕事場に、母からの電話・・声からして、問題発生か?
父が母の制止を振り切り家を出て
 バス停(バス停は無い)に行く、と言って家を出たらしい。
大急ぎで家に戻り、行った方角を探し回る。
父はもう、自分の家がわからなくなっていて
昨年は何回か迷子になったが
運良く、親切な方のお世話で無事帰ってくることが出来た。
一番遠くで発見された時は伏見区で1時間ほどの距離でした。
とにかく・・歩き続けるのです・・
先日は近所なので
来る人に、父の事を尋ねてみるが
どうも誰も”知らない”との返事で
交通整理している警備員の方に聞いても姿を見てないというので
こちらには来ていないと思い、別の方角へ探し回る。
雨も降り出し、汗と雨とで・・ちょっと疲れが倍増・・
そこへ、息子の携帯から父が見つかったと連絡が入る。
安堵と濡れた体の重さ、とで家までの距離が遠く感じる・・ヤレヤレ
結局、父は家のすぐ近所の路地に入り込んだので
発見出来ずにいたのだけれど
母が路地から出てくる父の姿を見つけ、今回は事なきを得た。
昨年は足も元気だったので、想像以上の距離を移動していたが
今年はそんなに遠くに行けない体力となった。
自分の家に居るのに訪問先からバスに乗り
自宅へ帰ろうとし、バス停を探しに出た行動のようです。
コタツで、うとうとしていたのが
急に何かを思い出し
今、自分の場所と状況と時間が混乱するのでしょう
そんな時間がしばらく続き
落ち着くと、普段の生活に戻り
何事も無かったように、いつもの生活を送る。
私は父から”お父さん”とか”パパさん”とかで呼ばれているが
先日、久し振りに名前で呼ばれた
私の名前を忘れてしまったと思っていたので
大変嬉しかったが
その1回だけで今朝も”お父さん”の私です・・・

嬉しい電話

 今朝、食事を済ませて新聞を読んでいたら、姉からの電話
今朝の7時過ぎに二人目が生まれたと 嬉しい電話 (^O^)
姪が1月中に出産の予定で何時生まれるかな、と気に掛けておりましたが
今朝、女の子を出産したと連絡が入りました。
父に二人目の曾孫が生まれたと話すと
“そうか それは良かった”と笑顔で返す
今日は冬晴れの素晴らしい良い天気
山の稜線もくっきり、清々しく目に映ります。
暗いニュースを多く耳にする毎日ですが
若い夫婦の元気で夢多き雰囲気に接していると
日本の未来を背負うエネルギーが感じられ
少しだけ、未来に希望が持てるのです。
 

「モウ さん」を聞きました

 以前、「モウさん して!」の事を記事にしましたが
 今日、我が家で初めて母(81歳)が使うのを聞いたのです・・
今朝、父の着替えを手伝っていたとき、母が父に 早よ・・モウさんして・・
と言いながら お尻を突き出させておりました・・
いや・・本当に、我が家でも「モウ さん」は使われていたんだね (^^ゞ
きっと私が赤ちゃんだった頃・・母は私に「モウ さん」を使っていたんだろうね・・
しかし母に、私が子供だった頃に「モウ さん」を使っていたの?・・とは聞けませんでした。
私と「モウ さん」は無関係です・・キッパリ・・忘却の彼方や ねんから・・

良かったね!・・しかし・・

 昨日は父の診察の日
予約していた時間から約1時間半ほど遅れて診察を受ける
認知症専門医は少ないのと診察に時間が必要なので
毎回時間が掛かるのは承知しています。
しかし、認知症の患者を数時間待たせておくのは大変です。
総合病院なので、多くの人が待合室におられるので
家族は気を遣います。
やっと、父の診察の順番
最初に主治医の先生に今回、要介護3から5になった事を告げると
 ”良かったですね!”と明るく言われました・・
良かったのでしょうか・・?
家族としては、介護度が進むのは複雑な心境なのですが
先生は続いて ”大丈夫ですよ! しっかりケアしますから安心して下さい” 
との心強いお言葉でした・・
10月から急に症状が進んだので介護も大変でしたが
12月に入り、我々も慣れたのか、本人も症状に慣れて安心したのか
少し毎日の生活が楽になりました。
通所介護の受け入れ先も先月から別の所に変わりましたが
本人も大変気に入っているようで
その事も安定した生活リズムが取れるようになったと感じます。
少しずつですが家族も介護の ”コツ” らしきものが、見えたような気がしております。
この2年間で介護する方はやっと1年生という感じかな・・
 焦らず、気長に構えなければなりません。

ちょっとビックリ・・

 今日の朝、ちょっとビックリする事が・・あってん・・
朝、仕事場に来るなり、そんな言葉を家内が話す!
今日は、父のデイサービスの日
迎えの車から介助の女性が降りられた
その顔が見覚えの有るお顔で
私の友人の奥さんだったとの事で
ちょっとビックリしたらしい。
そういえば、友人の奥さんは
介護ヘルパーの勉強をしていると聞いた覚えがあったが
まさか、自分の家族がお世話になるとは
思いもしませんでした。
何だか、無理を言っていないか
世話を特別掛けていないか
などと・・微妙に気になります。
どうでしたか? 私の父の様子は・・
電話したい気持ちが 多々有りそうな
今日の正直な私の心境です。

次のページ →