節目という事かな?

 節目・・なのかな・・
今まで全速力で突っ走って来たように思いますが
ちょっと立ち止まる事も必要なのだ!・・という事でしょうか?
昭和55年(1980年)に今の会社を始めてから何やら
無我夢中で走って来たように思います。
気が付けば、それから27年も走り続けていたんだね!
その間に、結婚し子供が生まれ、気が付けば子供も
成人し逞しく育った。
・・・それでね・・・この夏、私・・すごーく 反省しています・・
 反省と節目の理由
今年の6月のある日、道路で転倒し右腕を骨折してしまい
10日ほど入院、現在はリハビリの日々なんです。
8月から少しづつ仕事に復帰し
現在は出来る作業が少しずつ増えて
何ともウレシイ!
落ち込んだりする事もあるけれど
アクセルを緩めギアダウンし
今流行のエコ運転モードの
 のんびり走行・・
そのような事情で節目と感じています。
ブログを訪問して下さった皆様、人間は休養も必要だと、今回しみじみ感じました。
最近画像が少ないのは、そんな理由でシャッターが押せません・・(^^ゞ
画像が表示される日が多くなれば、回復が近いと感じて下さいませ・・ネ!

今夜は流れ星に願いを・・・

 今夜は流れ星 ペルセウス座流星群の観察に良いそうです!
新月で空も晴れる予報なので夏の夜に家族で流れ星体験は如何?
時間は夜中の12時以降から夜明けまでの北東の夜空に
条件が良ければ多数の流星を観察出来るようです。
詳しくは国立天文台のサイトにアクセスしてみて下さい
最近は高いビルや街の灯りで星が見えにくくなりましたね!
私が星空に感動した経験が今までに2回ありました。
最初は乗鞍高原でキャンプをしたときの夜空に星が多いのに感動しました。
天の川は当然クッキリ見えましたし、とにかく、星はこんなに多いのかと
ビックリしました。
夜空は星で一杯・・そんな印象でした。
2度目は九州に向かうフェリーでの体験で
台風が九州に上陸した時で大阪から宮崎行きのフェリーの
出航が危ぶまれていたのですが、航路を瀬戸内海に変更して
数時間遅れで何とか、出航しました。
しかし瀬戸内海を航行する頃・・船が大揺れに揺れて
窓から空が見えたかと思うと・・・急降下で今度は大荒れの海面が・・
たぶん全ての乗客が船酔いしたと思われるぐらい揺れて
九州に近づいたとき船の揺れも収まり、甲板で夜空を眺めると
そこには満天の星 星 ひゃー・・とにかく星だらけ・・
台風一過で夜空も澄んでいたのでしょうね
感動して夜空の星を眺めていると
星の間に一直線でキラキラ光り動いている星?が見えます
飛行機かなと思いましたが凄いスピードだったので、違うようです。
キラッと光る感じで・・あっ人工衛星だと気が付きました。
肉眼でもクッキリ見えた程、夜空は澄んで綺麗でした。
これほど星が見えると、昔の人と夜空の星は身近な存在だったと思います。
今と違い無数の星が輝いているのだからね
多くの人が夜空に思いを向けたでしょう
今は夜空を見上げる事もなく、見上げたとしても、星は少ししか
確認出来ません。
寂しい事ですが、夜空とは無縁の生活を送っています。
たまには夜空を眺める機会に流星群の観察は良いでしょう。

「おとな」な人

 「おとな」を辞書で調べると「成長して一人前になった人」 「成人」 が出てきて
成る程と思いますが、はたして54歳の私が「おとな」と自信を持って言えるのか?
辞書の表現を受け入れれば、十分私も「おとな」なのでしょうが・・ネ・・
 しかし・・しかし・・私が「おとな」とは、とんでもありません。
私が「おとな」と尊敬している人(友人)がおられます。
その方は私より15歳の大先輩でもうすぐ70歳
私が高校生の頃からの友人として接していただいておりまして
 さて、さて、私が困り果てて行き詰まったときに何度も相談して
確かな助言をいただいたり、救っていただいた事でしょう。
 大慌ての私は何の智恵も出ないのに、目からウロコのアドバイス
 ああっそうか・・そうする方法も有ったのかと・・何やら1歩踏み出せます
そんな時に、ああ・・さすが「おとな」の考えだ等と感心する事が多々ありました。
 「おとな」とはもともと日本古来の共同体からの表現らしく
 家長、実力者、村の代表者、年寄、宿老、等と記されています。
本当は成人したから「おとな」になったのでは無く人間として
多くの経験と信頼、そして実力が備わって「おとな」と呼べるのかも知れません。
だから私に「おとな」な人は誰ですか?
と問われれば、その15歳先輩の方の名を挙げるでしょう。
私が「おとな」の仲間入り出来る日は来るのでしょうか?
等と考える今年の夏です・・・(ため息の夏)

バイクツーリングの本

 やや! 大人のバイクツーリングの旅行記発見!
この手の本は大好きなので図書館ではチェックしていますが
何やら新しく出版された本のようでニンマリ・・
帰ってすぐに読み始めるが・・・んっ・・??
バイクでのツーリングライダーを「オートバイ乗り」の表現に、何だかなぁ・・
旅行記なのに小説を読んでいる感じがするし、あまり人間臭さを感じないぞ・・
ライダーは遠くの方からこちらに走ってくる小さな影からでも
自分と同類なら、すぐに判ります。
バイクの型、エンジン音、服装、荷物の量・・等々
すれ違い様に左手で挨拶すると、相手も左手を胸の前でサインを出す。
その瞬間に、ああっ・・同じ仲間だと嬉しくなるものです。
それが楽しくてバイクの旅行をしていたように思います。(私はネ・・)
何よりも不満を感じたのは、写真が1枚もありません。
写真1枚でも載っていれば、見ただけで多くの情景が目に浮かびます。
どうして写真を載せないのだろうか?
バイク好きではなくバイクに乗らない人のためのバイク旅行記なのかな?
 そうだと、格調が高いのも頷けます。
ちょっと私には予想外の感じだけどね・・
その前に「老人と海」を読んでいて
冒頭でいきなり
 「ひとりで魚をとって日をおくっていたが、一匹も釣れない日が八十四日もつづいた」 で始まり
それは大変だろうな、よくぞ我慢して続けたと・・厳しく辛いイメージだったので
そのギャップが大きかったのかも知れません。

やあ・・久しぶりデス!

 何だか、最近の私には「久しぶり」の文言が多い
昨日も久しぶりで(2ヶ月振り)アマチュア無線の電波を出した
思いもよらずに親しくして頂いていた方からの声がスピーカーから響く
お互い、同年代で忙しい世代である
  こんにちは!お久しぶりデスと・・交信が始まり
 お互い、久しぶりの交信なので・・あれや これや 積もる話が弾み
 30分程、お互いの近況報告で過ぎてしまう
 話が弾んで、話題は家族の話へと発展する。
 子供の話が何よりで、一番の感心事である。
 そこで彼の話で、成る程と・・大いに共感する言葉がありました。
  人を愛する「愛」の反対は「憎しみ」では無いんだってね!
  「愛」の反対は「無関心」という事だって・・
その言葉に大いに考えさせられました。
子供に対して、転ばぬ先の杖・・よろしく、注意ばかりしても反発されるし
どれぐらい干渉すれば良いのやら
帰りが遅いと、嫌われを承知で”遅い”と文句が出てしまうし
何やらハラハラ心配したり、腹が立ったり喜んだりと
感情が変化するが、「無関心」ではいられません。
子供も、もう大人だからと、任せようと頭では分かるのだけど
何やらいつまで経っても、お節介の手がでます。
若い人達の事件を見たり聞いたり度々しますが
子供と親の関わり方が難しい時代です。
家族にも社会にも「無関心」だけは避けないと
改めて考えさせられる言葉でした。

空を見上げて・・ひょうたん島

 台風5号の影響なのか  雲が流れて行く
少し色あせた青空に、色んな形の白い雲が東の方へ・・
あれは、肉まん雲 アイスクリーム雲 にスライム雲
何やらひょうたん型の白い雲
 夏 青空 白いひょうたん雲に蝉時雨れ・・で
   「ひょっこりひょうたん島」を思い出す
そういえば、中学生の頃「ひょっこりひょうたん島」のテレビ放送を良く観ていた。
中学の頃だと1960年代だから1964~5年ぐらいだろうか?
夕方の何となく空白の時間の6時前
食事の用意が出来るまでのお楽しみタイムでした。
あのテーマ曲を聞いていると、もうすぐ夕食前の楽しい時間
皆さんは、「ひょっこりひょうたん島」を観ていましたか?
確か1964年からの放送で
原作 井上ひさし ともうひとり(名前は忘れた)
人形 ひとみ座
ハイキングにひょうたん島に来た子供達とサンデー先生
いきなりひょうたん火山が爆発してひょうたん島は子供達を
乗せたまま、ずんずん漂流を始める。
博士 チャッピ テケ プリン ダンプ の5人の子供達
そして飛行機からギャングのダンディが傘で降りてくる
イカダに乗ったトラヒゲがぶつかって乗り移り
イカダの金庫から何故か医者のムマモメムが飛び出し
テレビの画面からドン・ガバチョが飛び出して来て
・・ひょうたん島の住人は10人になってスタートしたようだ。
それからライオンや海賊達に多くの仲間が増えたみたいです。
まー何よりも気に入ったのは ドン・ガバチョ大統領
藤村有弘氏の軽快な早口
学校でも真似をして”みなさーん わたくし・・・とガバチョ風の
物まねが流行ったりネ・・
早口だとセリフが多いのだろうね!
・・と白い雲から突然に「ひょっこりひょうたん島」の思い出の
40数年振りのイメージですが
どちらかと言えば、「チロリン村とくるみの木」で育った世代かも知れません。
野菜と果物の人形劇なんてちょっとミステリアスな世界です。